ピント合わせや画角の項でも少し触れたとおり,カメラと被写体との距離によって画角とF値は若干変化します.一般的な撮影時にはほとんど影響がないのですが,被写体がカメラに近い、いわゆるマクロ撮影をする場合には考慮すべき影響があります.特にカメラと被写体との距離の影響を考慮したF値のことを実効F値と呼びます。
レンズとセンサーとの距離と画角、F値
画角の項で示した下図のようにセンサーサイズの半分を$d$,レンズとセンサーの距離を$f$とすると,画角は図の$θ$の2倍である$2θ$となり,以下の式で表せます.
$2\theta = 2 \arctan \frac{d}{f}$
この$f$は被写体が無限遠ににある場合はレンズの焦点距離と一致しますが,被写体が近づくにつれて長くなっていきます.$f$が長くなると,図と式から分かるように画角は狭くなります.
またF値の定義は$\frac{f}{a}$($a$は開口径)ですが、この$f$も正確にはレンズの焦点距離では無く,レンズ(の主点)とセンサーとの距離です.つまり下図の$f$が長くなるとその分F値は大きくなります.
被写体距離を考慮した画角とF値の計算
被写体がほぼ無限遠にあるときの画角とF値はそれぞれ$2\theta = 2 \arctan \frac{d}{f}$、$\frac{f}{a}$で表せます.ただし被写体がこれよりも近くにある場合には画角はより狭く、F値はより大きくなります。その影響がどれくらいになるのか、具体的に計算してみましょう。
レンズ主点とセンサーとの距離,レンズ主点と被写体との距離(ここでは「被写体距離」と呼びます),レンズの焦点距離を下図のように表すと次の式のような関係があります.
$\frac{1}{d_o} + \frac{1}{d_i} = \frac{1}{f}$
(レンズの公式)
ここで正確な画角の計算に必要なのはレンズの主点とセンサーとの距離$d_i$です。レンズの公式より
$\begin{align}
\frac{1}{d_o} + \frac{1}{d_i} &= \frac{1}{f}\\
d_i + d_o &= \frac{d_o d_i}{f}\\
d_i(1 – \frac{d_o}{f}) &= -d_o\\
d_i &= \frac{d_o f}{d_o – f}
\end{align}$
と表せます。
画角
そこでこの図の記号を使って画角を表すと、次のようになります。
$\begin{align}
2\theta &= 2 \arctan \frac{d}{d_i}\\
2\theta &= 2 \arctan \frac{d}{\frac{d_o f}{d_o – f}}\\
2\theta &= 2 \arctan \frac{d (d_o – f)}{d_o f}
\end{align}$
$d_o$が充分に大きくて$d_o \approx d_o – f$と見なせるとき、この式は$2\theta = 2 \arctan \frac{d}{f}$と見なすことができます。逆にマクロ撮影時など$d_o$があまり大きくない時には、$\theta$はより小さくなります.
F値
F値の計算においても$f$を$d_i$に置き換えればよいので、同様に被写体距離を考慮したF値、つまり実効F値は$\frac{f d_o}{a(d_o – f)}$と表せます。あるいは被写体距離を考慮しないF値を$F$として$F\frac{d_o}{d_o – f}$とした方が使いやすいでしょうか。
撮影距離と画角、F値の関係
上記の計算は「被写体距離」としてレンズ主点と被写体との距離から計算しましたが、実際にはレンズ主点の位置はすぐには分かりません.そこで今度は被写体とセンサーとの距離(撮影距離)を使って画角とF値を表します(センサーの位置はカメラに大抵測距基準マークが表示されて分かるようになっていますが、本稿での計算は1枚の「理想的」仮想レンズでの話ですので、実際の撮影レンズとは一致しません)。やはり必要なのはレンズ主点とセンサーとの距離$d_i$ですから、これを撮影距離で表すことを目指します。
撮影距離を$d_{oi}$と置くと、
$d_{oi} = d_o + d_i$
$d_o = \frac{d_i f}{d_i – f}$より
$\begin{align}
d_{oi} &= \frac{d_i f}{d_i – f} + d_i\\
d_{oi}(d_i – f) &= d_i f + d_i(d_i – f)\\
d_i^2 – d_{oi}d_i + f d_{oi} &= 0\\
\end{align}$
二次方程式の解の公式より
$\begin{align}d_i = \frac{d_{oi}\pm \sqrt{d_{oi}^2-4fd_{oi}}}{2}\end{align}$
$d_i < d_o$のとき
$\begin{align}
d_i &= \frac{d_{oi}- \sqrt{d_{oi}^2-4fd_{oi}}}{2}\\
d_i &= \frac{d_{oi}^2 – d_{oi}^2 + 4fd_{oi}}{2(d_{oi} + \sqrt{d_{oi}^2 – 4fd_{oi}})}\\
d_i &= \frac{2f}{1+\sqrt{1-\frac{4f}{d_{oi}}}}
\end{align}$
$d_i > d_o$のとき、同様に
$\begin{align}
d_i &= \frac{2f}{1-\sqrt{1-\frac{4f}{d_{oi}}}}
\end{align}$
なのですが、ほとんどのレンズは最大で$d_o = d_i$までしか寄れません。本稿でも$d_i \le d_o$と仮定して以下を記述します。
画角
上記の式を使って画角を撮影距離$d_{oi}$を使って表すと以下のようになります。
$\begin{align}
2\theta &= 2 \arctan \frac{d}{d_i}\\
2\theta &= 2 \arctan \frac{d(1+\sqrt{1-\frac{4f}{d_{oi}}})}{2f}\\
\end{align}$
F値
同様に実効F値を撮影距離$d_{oi}$を使って表すと、$\frac{2f}{a(1+\sqrt{1-\frac{4f}{d_{oi}}})}$、あるいは$\frac{2F}{(1+\sqrt{1-\frac{4f}{d_{oi}}})}$となります。
拡大率と画角、F値の関係
被写体の大きさとセンサー上の像の大きさの比の事を拡大率と呼びます。1cmの大きさの被写体の像が1cmなら拡大率は1、1cmの大きさの被写体の像が0.5cmなら拡大率は0.5です。マクロ撮影時には拡大率で表す方が便利かも知れませんから、今度は拡大率と画角、F値の関係を求めてみましょう。
図から明らかに拡大率は$\frac{d_i}{d_o}$です。$d_o = \frac{d_if}{d_i -f}$ですから、拡大率を$m$と置くと
$\begin{align}
m &= \frac{d_i(d_i – f)}{d_if}\\
m &= \frac{d_i – f}{f}\\
fm &= d_i – f\\
d_i &= f(m+1)
\end{align}$
画角
上記の式を使って画角を拡大率$m$を使って表すと以下のようになります。
$\begin{align}
2\theta &= 2 \arctan \frac{d}{d_i}\\
2\theta &= 2 \arctan \frac{d}{f(m+1)}\\
\end{align}$
F値
同様に実効F値を拡大率$m$を使って表すと、$\frac{f(m+1)}{a}$、あるいは$F(m+1)$となります。
おまけ:拡大率の計算
拡大率は$\frac{d_i}{d_o}$と単純な式で表せますが、$d_i$と$d_o$がすぐに分かることは希です。できれば撮影距離$d_{oi}$と焦点距離$f$から求めたいところです。上記より$d_i \le d_o$のとき$d_i = \frac{2f}{1+\sqrt{1-\frac{4f}{d_{oi}}}}$ですから、
$\begin{align}
f(m+1) &= \frac{2f}{1+\sqrt{1-\frac{4f}{d_{oi}}}}\\
m &= \frac{2}{1+\sqrt{1-\frac{4f}{d_{oi}}}}-1
\end{align}$
となります。分母の平方根は0より小さくはなりませんから、拡大率の最大値は平方根が0の時の1になり、この時の撮影距離は焦点距離の4倍に等しくなります。これより拡大率を大きくするためには、$d_i > d_o$にできるように設計されたレンズが必要です。
また実際のレンズはピント合わせの時に焦点距離$f$が変化します。この変化した$f$を調べるのも簡単ではないので、この式があったところで拡大率の計算が簡単にはならないのが難しいところです・・・。例えばNikonの60mm f2.8のマクロレンズの最短撮影距離は185mmで、その時の拡大率は1.0とNikonのウェブサイトに記載があります。焦点距離60mmのレンズの最短撮影距離は計算上240mmですから、それに比べてスペックの185mmは随分短くなっています。これはピント合わせによってレンズの焦点距離が変化し、撮影距離185mmの時には焦点距離が185/4=46.25mmになっていると推測できます。
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